山田久志監督初采配(2002.3.30)

今年から、阪急ブレーブスの大エースであった山田久志が中日ドラゴンズの監督に就任することになった。私自身は、ブレーブスの流れを汲む青波の監督を希望していたのだが、青波が選んだのは、ブレーブスが散々苦杯をなめさせられた西武の象徴ともいうべき石毛であった。どうしようもない。というわけで、今年は、12年連続開幕投手を務めるなど、開幕に最もふさわしい山田を応援すべく、ナゴヤに行くことにした。因みに20年前の開幕戦、私は初めてブレーブスの試合を見に西宮に行ったが、当然先発投手は山田であった。

さて地下鉄のナゴヤドーム前矢田駅の改札を出ると、いきなり駅員が10人くらい並んで、あるモノを売っている。何事かと思ったが、それは、山田久志監督が載っているユリカ(プリペイドカード)であった。なんでも、「山田新監督をメインにV奪還に向けて湧き上がる闘志をイメージしたデザイン」(名古屋市交通局のHPより抜粋)とのことである。実際監督を表に出すこういう商売は納得できないのだが、ヤマサンは別である。というわけで思わず購入する。

その後ドームに向かい、友人Zと合流。中に入ってまずはドラゴンズミュージアムに行く。ドラゴンズの色々な展示物があり、88年優勝写真での大宮や岩本の姿を見て爆笑したりしていたが、ある一角に、山田久志コーナーというのができており、現役時代のユニフォームやグラブが展示されている。全般的に青一色の中、ここだけは赤である。友人Zは、実は先週もここに来ているのだが(今中引退試合の青波戦)、そのときには「阪急ファンらしき奴が何人かおった」とのことである(友人Zも当然その中の1人)。そしてその隣ではドラゴンズの歴史のビデオが流れており、ちょうど星野仙一の引退試合の模様が流れていた。そしてここで衝撃的な事実が。星野仙一に花束をあげているのが、何と山田久志であったのだ。確かに昔からOP戦の最後は中日阪急戦(青波戦)が多く、(私も18キップが余ったので見に行ったことがあり、宇野が佐藤義則から3ランを打ったのを覚えている)引退試合もだいたい阪急(青波)が相手であるのだが、まさかこういう演出だったとは驚きである。

そうこうしているうちに山本昌―藤井の先発で試合が始まった。いきなり1回の表、Sの1番の飯田の二塁打がクロスプレーになり、山田監督の初抗議が見られるなど波瀾ムード。しかし中身は点の取り合いの好ゲームとなった。4点差を追う8回ウラ、途中から出場の藤立が3塁打を打つとその後も打線が続き1点差まで迫り、しかも9回ウラは高津に対して、谷繁、山崎、代打大豊という飛び道具が登場し盛り上がったが、結局追いつくことはできなかった。まあ今日のところはエラー(立浪と谷繁なのでタチが悪い)での失点が響いた形である、しかし、負けている展開であるにも関わらず落合や岩瀬を出したり、立浪を走らせたり、最後に一発だけが欲しい場面で大豊を出したりと、山田監督初采配としては十分楽しめた試合であった。ただ、地元ファンが熱狂的な中日のの監督というのはやや合わないというか、なんだかんだで周りがうるさく、力が十分発揮できない可能性もあるのではないかとも思われた。青波ではもうあり得ないので、ハムかロッテの監督でノビノビ采配を振るってもらいたいと、シーズン開幕直後なのにそのようなことも一瞬考えてしまった試合であった。

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