@ 01.4.26(木)(ヤンキース−シアトル戦観戦)

ニューヨーク(3年ぶり5回目) ヤンキースタジアム(5年ぶり4回目)

いつものツアーの出発日の如く午前中仕事をした私は、今回は初めてとなるコンチネンタル航空でニューヨーク近郊のニューアーク空港に向かった。コンチネンタル航空といえば、国際線では各個人の座席ごとにテレビが付いており、色々楽しめる。私は、まずオセロゲームをしたわけだが、これが「完全勝利」が目的であるかというほどCPが弱いシロモノであった。あとは映画ではどういうわけか「風雲たけし城」をやっており、今見るとセットはチャッチイが内容としては十分笑えるものとなっている。事実機内でも笑えるシーンでは歓声が上がっていたほどだ。これは素人が一生懸命やることを見せるという、昨今のテレビにはないものがそれを感じさせるのだろう。また出演者では亜仁丸レスリーがおり、こんなところで阪急ブレーブスを体感できるとは思わなかった(他にも大森うたえもん、たけし軍団セピア、ポップコーンなんかがいた。でもやっぱりあの番組は谷隊長やね。『よくぞ集まった我が精鋭たちよ』)。

ニューアークには予定より30分くらい早く到着し、入国審査等もあっけなく通過。この調子だと当初は今日の試合は最初(=イチローの第一打席)から見られないと思っていたが大丈夫そうである。しかしそううまくはいくもんではなく、ニューアークからマンハッタン行きのバスは30分の予定が夕方のラッシュもあって倍つまり1時間近くかかってしまい、結局ホテルに荷物をおいて地下鉄に乗ったときにはすでに試合開始時刻となっていた。

ニューヨークのヤンキース対シアトルといえば、実は11年前にはじめてメジャーリーグを観戦したのがこのカード。当時は両者ともそんなに強豪ではなかった(特にシアトルはチーム結成以来5割に行ったことがなかった、というくらいではなかったか)わけだが、記憶といえばこんなところである。ヤンキースでは、当時主砲だったマッティングリー(ファミスタのメジャーリーガーズにも登場したはず)かケガで休んでおり、その代役としてマースという選手が旋風を巻き起こしていた。後に阪神に来た選手である。一方シアトルでは、読売時代に『彼が15勝したらモヒカン刈りになってやる』と高校時代の友人に言われてしまったカムストックが中継ぎで登板していた。あとはファウルボールをキャッチでき、その後は黒人の子供に回りを囲まれて怖かった、というところである。

当時と違い現在はリーグ屈指の強豪である両チーム。シアトルは、イチローもいるがやはり打線では3番エドガーマルチネス、4番オルルッドの両ベテランが渋い。前者は実はかつて青波にいたマルチネスのいとこであるが、いとことは違い右打者でありながら首位打者2回、そして昨年は36歳にして打点王と、非常にチャンスに強い垂れ目のDHである。後者はトロント世界一に貢献、イメージとしては駒田と言われているが、それを雰囲気では遥かに上回る一塁手である。因みに彼については私の会社のパソコンの壁紙に一時採用したほどの贔屓筋であるのだ。投手陣も先発・中継ぎそして抑えの佐々木と、隙がない布陣をそろえている。因みに佐々木は、この前の2試合で連投しセーブを挙げているので、今日の試合はお休みということになっている。一方ヤンキースもノブロック・ジーター・オニール…とソラでスタメンが言えるほどの豪華メンバーであり、投手力も20勝できる先発投手をそろえ、今日もその中の1人、前年までボルチモアのエースだったムシーナが先発、自ずと好ゲームへの期待が高まるわけだ。因みにこのムシーナ、セットポジションの時にこれでもかというくらいの前傾姿勢をとる。

さて、今回は11年前と同じく上層スタンドでの観戦となったが、それにしてもひじょうに寒い。私は長袖ポロシャツ1枚で行ったわけだが、「おまえなめとんのか」というくらいの、凍えるような寒さである。それなのに、ツアー後半はレンタカー観戦で飲めない関係上、ここでビールを飲んでしまうのは何故だろう…。またこのときにホットドッグを一緒に食べたが、オニオンの炒めたものをはさんだもので、しかもソーセージに妙に肉感があり、今まで食べた中で最もうまい部類に入るものだった。あと、さすがに大都会ニューヨークの試合とあって、日本人のイチロー目当ての客が多く、ヤンキースファンの視線にもめげずプラカードを掲げたり大声を上げたりして声援を送っていた。

試合は、私が到着したときは2回で1-0であったが、その後6回までは2-2という接戦、しかし7回8回とシアトルが加点し、そのまま逃げ切りなんとヤンキース戦3連勝となった。やはりエドガーマルちゃんの4打点、彼とオルルッド、2番のキャメロンがいずれも猛打賞という打線の好調が目立った。

注目のイチローであるが、まず彼はユニフォームこそ『ICHIRO』だが、あくまでも『I.Suzuki』であるということを日本の皆さんにご報告申し上げたい。試合では1安打1三振。また日本ではめったにみられなかったバント失敗(これは1塁手のティノ・マルチネスがうまかった)があったが、その後塁に残り盗塁を決めるなど、実力をここでも如何なく発揮しているという印象であった。またさすがに全米一荒っぽいと言われるヤンキースファン、形勢不利ということもあってか、イチローには容赦ないブーイングを浴びせておった。

寒さと、佐々木がお休みということもあり、8回終了と同時に球場を後にした。帰りの地下鉄でも関西弁の家族の会話が鳴り響くという異様な光景の中、ホテルに帰還。すぐに寝ようと思ったが急に空腹感を覚え、韓国人街の真ん中にあるホテルの隣のレストランで石焼きビビンバを食うという、アメリカツアーらしからぬスタートとなった。

ここに当日のスコアが載っています(いつまであるかわかりませんが)
4.27
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