マスターズリーグ 大人の野球教室(2003.1.5) 〜阪急キラー 高橋直樹氏のピッチング指導
今年の年末年始は9日間という長い長い休み。休みが嫌というわけでは決してないのだが、実家に長い間いても親がうるさいので3日の夜に東京に戻ることにした。
しかし本当の理由はこれだ。「マスターズリーグ 大人の野球教室」。
これは、2年目を迎えたプロ野球マスターズリーグが今年から始めたイベントの1つで、要はマスターズリーグの選手が少年野球だけではなく我々大人にも野球を教えてくれる、というものである。阪急ファンで行こう 管理人であるきむさんが年内に申し込んでおり、私を含め総勢4名で参加することになった。チーム名はもちろん「ブレーブス」!
さて朝東京ドームに集合し、ネット裏で着替えたのだが、見ると我々以外はみんなユニフォーム姿。野球経験者であるきむさんはともかく、私なんかはちょっと場違いなところに来てしまったという気が。しかし、今更帰るわけにも行かず、ジャージの上に本西ユニフォーム(マリーンズ77)という恥ずかしい格好でいざ、グラウンドへ。初めて東京ドームに足を踏み入れる。
ざっと総勢100名を超える人たちが集結。そろそろ正月の酒も抜きたいという人もいるだろうし、あるグループは「今日は我々の還暦の記念です」ということも言っていた。少年野球のコーチみたいな人もいる。いろんな人がここに集まっている感じだ。
今日は東京ドリームスの方々に指導を受ける。大川章氏の挨拶のあと、まずは屋鋪要氏のストレッチから。普段体を動かしていない私にとっては、これだけでも相当きついし、また体の硬さを痛感。周りにいた得津氏や徳武氏といったお歴々からの励ましの声で何とか持ちこたえる。
ついで大御所広岡達郎氏の守備指導。手でゴロを転がして取るという、いかにも広岡氏らしい基本中の基本といったところからの実践指導である。私は、中腰姿勢が続いたこともありこれでもはやバテバテ。
次は時間の関係もあり3ヶ所に分かれての指導。デストラーデ氏の打撃、大矢氏の捕手も捨てがたいものがあったが、我々は結局投手の指導を受けることにした。なぜなら、教師がかつての阪急キラー、高橋直樹氏であったからである。
直樹氏は今年58歳ということだが、マスターズリーグでも活躍しており(実際最多勝を獲得)、まだまだ衰えは感じさせない。その直樹氏、最大のポイントとしては「コントロール」であるということだ。足の踏み出し方や腕の使い方など、我々素人には十分すぎるくらい、丁寧な指導であった(左写真)。
その後実際の投球練習へ。私はもはや10何メートル投げるのがやっとで、コントロールなど五の次くらいである。隣はもう明日にでもメジャーリーグのテストを受けるのではないかというような方々で、ビュンビュンスピードボールを投げており、非常に申し訳ないばかりである。
しかしここでくじける私ではない。というわけで直樹氏が近くに来るのを見つけると、私は直樹氏ばりのアンダースローで投げ出したのである。案の定、直樹氏はここぞとばかり私に食いつき、「アンダースローはねぇ、腕の使い方がオーバースローとは違って・・・」と、非常に熱心に教えてくださったのである。そして、見本ということで捕手役のきむさんにストレートをびしびし投げ込むのであった。恐るべし、直樹。その後、なかケンさんにも熱い指導が行われたようである。
練習後、尾崎行雄氏の挨拶があり、「今は浅草の芸人チームでやってます。ライトは春日三球です。昨年は8勝1引き分けでした!」という話のあと、「やっぱり野球は怪我なく楽しくやるのが一番」という我々にとってはある意味最も「大人の野球教室」らしいコメントが。
最後の挨拶のあと、ほんの少しだけフリータイムみたいな時間があり、我々は高橋直樹氏にお礼かたがた挨拶に。
そして仲間の1人であるSTIGAさん@阪急帽が「かつて阪急で最も嫌な打者は誰でしたか?」と質問。すると直樹氏は間髪を入れず「加藤秀司だよ。あいつは何を考えているか分からん。阪急戦で1安打ピッチングを2回しているが、2回とも秀司に打たれた」とのこと。これには一同大爆笑である。
というわけで非常に楽しいこのイベントが終了し、その後は試合を観戦した。
(後日談)
直樹氏は最多勝を取ったものの年明けからは絶不調。我々に教えたのでリズムが狂ってしまったのだろうか。
またSTIGAさんはこの日直樹氏ととった写真に後日サインをもらいました。
2003年も阪急ブレーブスに戻る