西宮球場サヨナラセレモニー(2003.3.21)
それは3月20日の朝のことであった。
私は、翌日からの3連休のオープン戦観戦に思いを馳せつつ、いつものように通勤途上のJR津田沼駅での電車の待ち時間に掲示板の書き込みチェックをしていた。普通の日には新たな書き込みがないことが多いのだが、その日は1件の書き込みが目に付いた。
3月21日、阪急西宮スタジアムさよならセレモニー開催 投稿者:U谷 投稿日: 3月20日(木)06時59分57秒 20日付の朝日新聞(大阪)の阪神地域面の記事によりますと、 『阪急西宮スタジアムさよならセレモニー』が21日午後4時より午後6時まで開催される模様です。 これまでの名場面を特設ディスプレーにて紹介、福本豊氏らのトーク、阪急商業学園のマーチングパレード、西宮少年合唱団の合唱、 さらにスタジアム正面玄関前広場では、阪急ブレーブスこども会が24年前に埋めたタイムカプセルを開封するそうです。 入場無料のこのイベント、ぜひ参加したいですね。 |

セレモニーの最初は阪急ブレーブスこども会30年記念碑の下に眠るタイムカプセルの開封であった。これは、1979年の7月に埋めたとのことで、当時会員であったアーサー凹氏(以下凹)の作文が入っているのではないかということに期待が集まる。碑には白い布がタスキがけされており、若干物悲しい雰囲気がある。宮司さんのお祓いのあと、その碑がクレーンで持ち上げられ、カプセルがドリルでこじ開けられた、すると、中に入っていたのは当時の子供会名簿と当時の阪急グッズの数々であり、残念ながら凹の渾身?の作文はなさそうである。なお、凹と同じく会員であった現スワローズの古田捕手よりコメントが寄せられ「こんなのがあるとは知りませんでした。」と思いっきりボケをかましてくれた(でもオープン戦で西宮球場で試合をしたのも思い出とも語っている)。
グランドではタイムカプセルの開封時にもいた宮司さんがお祓いをしていた。その後は球場の名場面紹介ということで、まずは阪急ブレーブス編。アストロビジョンの撤去後センター後方に登場した「オーロラビジョン(出野氏談)」に、小林一三翁の球場建設指令からリーグ優勝、日本一までの画像が一通り登場した。5分程度しかないのはやや物足りない気がしたが、画像の終了後は福本豊氏が登場しいろいろ思い出を語っていくことに。福本氏の話の中では、盗塁よりも守備に関する話が多く、「センターのフェンスから定位置まではちょうど16歩」「センターの守備だとイチローに勝っている」という非常にプロ意識の高い言葉が実に印象に残っている。また最後に、最大の思い出はという質問に対しては「オールスターでホームランをもぎ取ったプレー。あれで福本の名前を皆に知ってもらえるようになった」とのことである。私が熱心に見始めた頃は福本の守備はやや肩が衰えてきていたのだが、やはり盗塁の福本と並び『守備の福本』であったということを激しく痛感したところである(左は思い出を語る福本氏と聞き手の出野氏 つねよ氏提供)。
取材が終わり外に出てきた団長に、写真等をお願いすると半ば照れながらもOKして下さり、阪急ブレーブスの旗のもと、十数人の我々は代わる代わるシャッターを切りまくるという恐ろしい展開になってしまった。そんな中でも、団長もH帽を被って対応して下さった。写真の後はあつかましくサインをもらったりもしてしまった。こうして10分程度団長と色々コミュニケーションをしたあと、団長が「さぁ、いくでぇ」とあの懐かしの声を出して下さった。十何年ぶりかに聞くあの声は、全く変わっていなかった。オリックスになってからは表舞台に出なくなり、失礼ながら亡くなったという噂もあった今坂団長のあの声がまた聞けるとは、いやー、嬉しかったな!(右は団長のサイン。左は現在の団長(つねよさん提供)。
