青春18きっぷで行ってしまった 教育リーグ 青波対中日(2003.3.8−9)
青春18きっぷを買った。

ご存知の通り学校が休みの期間中売り出されるこのきっぷは、11300円で5日間、JRの普通電車に乗り放題というものである。私は、中学生の頃このきっぷの存在を知り、高校生の頃は東京まで野球を見に行ったり、大学生の頃の帰省にも大いに活用したものである。今回、久々にこれを買い、どこかへ行ってみたくなった。3月上旬に廃止された足利競馬と、下旬の会社のゴルフ大会に使うことは確定したのだが、あと3枚ある。色々考えたが、ちょうどナゴヤでサーパスの試合が行われることが分かり、ナゴヤなら往復で使っても体力的に大丈夫だろうと判断し、ナゴヤツアーを決行することにした。その後凹さんときむさん(阪急ファンでいこう 管理人)も一緒に試合を見ることになり、また翌日は名古屋在住の中学高校時代の友人Z(阪急ファン)と一緒に見ることになった。二軍のしかも教育リーグの、しかもビジター球団の応援に2日とも別々の観戦者がいるとは、持つべきものは友である。
前日終電で家に帰り着き、寝たのは1時半であったが、翌日は始発に乗るため3時50分起きである。しかも、どういうわけか3時に友人からのメールが鳴り響き起こされるありさま。結局ほとんど寝た感覚のないまま家を出る。
最寄駅から私鉄にのり、津田沼からいよいよ18きっぷの旅の始まりである。かつては不便この上なかった東海道の鈍行の旅も最近は接続がとても良く、東京から名古屋(金山)までは乗り換えはたったの2回である。私は、睡眠不足を補うべく電車で寝ようと思っていたのだが、OP戦観戦の興奮のため?か、寝ることができない。仕方なく、「最長片道切符の旅」という本を読む。この本の著者である宮脇俊三氏は、先日惜しくも亡くなられてしまったが、「時刻表2万キロ」という本で、ローカル線に乗るということの楽しみを世に知らしめ、当時の国鉄も「チャレンジ2万キロ」という、ローカル線も含めて全部の路線に乗ろうというキャンペーンを張ったほどであった。私もそれに乗ってしまった一人で、18きっぷ愛好家になってしまったのもそのためである。というわけで本を読んでいるうちにあっというまに静岡に到着した。
静岡まで来るともう東海圏であり、ここで電車の停車時間を利用して中日スポーツ100円を売店で購入しようとすると、1面は何と元青波の平井であった。何でも、当日行われる1軍のオープン戦に先発するそうである。正直、彼が活躍して青波が優勝した95年でも、スポーツ紙の1面ということはなかったのではないかと思われ、さっそく購入する。1軍の試合は浜松なので、このまま浜松で降りて見に行きたい衝動にもかられたが、やはりサーパスにはかなわず、浜松からも鈍行の旅は続く。
今日ともに観戦する凹さん、きむさんはそれぞれ新幹線で東京から名古屋に向かうことになっている。凹さんは「ぷらっとこだま」というこだま号の格安ツアー、きむさんはのぞみ号である。ちなみに東京ー名古屋の所要時間は私が6時間、凹さんが3時間、きむさんは1時間半と、ちょうど倍倍ゲームである。また名古屋に着いてからもお二方は中京競馬に行ったり味噌煮込みうどん
を食べたりと野球以外の時間があるが、私にはない。それでも2260円/日という値段は何ものにも換えがたい。
色々あったが6時間の旅はあっというまに終わり、12時過ぎ、金山駅に降り立つ。ものすごい風であり、「強風により中止」という千葉マリンでも1回経験している最悪の展開が頭をよぎったが、きむさんより既に球場入りし試合前の状況を知らせるメールが届き一安心。道に迷いはしたが(ちなみに前回ナゴヤ球場に来た時も道に迷った)何とか球場にたどり着く。
(以下の状況については、きむさんのHPをごらんください)。ちなみにきむさん提供の下の写真で黒いジャンパーを着たのが私なのですが、プルペン脇で試合を見る選手・コーチがこんなに近いのです。

さて翌朝である。
栄のカプセルを朝8時半に出た。きむさんはすでにホテルを後にしており、凹さんはまだ寝ているようだ。中日スポーツを買ってからマクドに行き朝食。今日は中学高校時代の友人Zとの観戦である。
とりあえずZと12時にウインズ名古屋で待ち合わせをすることとなったが、それまでは時間をつぶすしかない。青春18きっぷがあるがどこに行くにも時間が少なく、中京競馬に行こうとかとも考えたが、結局意味もなく名古屋空港近くにある鈴木一朗博物館『アイ.ファイン』に行くことにした。奥にはイチローの実家があるわけだが、館内は数々のトロフィーと諸々のパネル写真の展示である。たださすがに阪急ネタはなく、杉本清と南井(父)騎手との3ショット写真があったこととサーパスユニフォームがあったことくらいしかない。奥尻島の佐藤義則野球展示室には2時間以上もいたがここは15分程度で引き上げ、バスと電車を乗り継ぎ尾頭橋駅に向かう。
尾頭橋駅でZに会い、ナゴヤ球場に向かう。彼はいまどき珍しく、阪急ファンながらオリックスをずっと応援し続けている人間であり、今年で「オリックスファン歴が阪急ファン歴を抜いた」らしい。また87年には西宮球場でカキ氷の売り子のバイトをやるという珍しいこともやっている。そのZと、会社(非常に大きい会社なのだが)には青波ファンが4人しかいないとか、ナゴヤ球場は96年のBW−Bu戦以来とのことで、そのときには金田がヘロヘロになりながらも完投勝ち(プロ初)をしたというような馬鹿話をしているうちに球場に到着した。その金田もG1ホース(タイトルホルダー)である。時代は変わった。年をとったものだ。
さてチケットを買おうと売り場に行くと、そこでは大柄な外国人が1名、携帯で電話をしていた。2.3人のファンにサインをしている姿をよく見るとリナレスである。私は前回サインをもらっているので何もしなかったが、Zは握手をしてもらい、「今日は手を洗えんなぁ」などとミーハーなことを言っている。
球場に入った。今日も風が強くコンデションとしては良くない試合。先発はBWがルーキーの加藤大輔、Dは洗平である。青波側で目立った選手及びその他ネタとしては以下のとおり。
(投手)
加藤・・・プロのまともな試合にはこれが初登場。いきなり不運な当りもあり1回2失点。ただストレートはかなり走っており、変化球が決まる確率が高まれば結構やれそうな雰囲気。
窪田・・・昨年ナゴヤ球場で私の目の前で好投し、この日もまずますのピッチング。堅実な感じのする投手。
本柳・・・昨年GSで私の目の前で好投し、この日も2イニングス程度なら十分上で通用するくらいの切れのいい球を投げていた。
(野手)
中島・・・恐らくプロ入り初のホームランを放つ。一発のある内野は青波にはいないタイプなので、次に出てくる牧田と同様、期待していきたい。
牧田・・・初回のホームランを含め4安打の活躍。また今日はサード、昨日はセカンドと守ったのは出番を増やすためにはいいかもしれない。
福留・・・今日は4番で登場し猛打賞。10年選手の意地を見た。ライトでの出場はドラの福留を意識してのものか?そんなことはないか。
野手ではゴッシー五島や後藤など、一軍経験の比較的多い選手にやや元気がなかった。
(ネタ)
・ドラの先発洗平は噂に違わぬノーコンで、いきなり先頭の中島を出すと続く牧田に一発を食らい、その後も四球死球ヒット暴投パスボールのフルコースで非常に不安定な内容。ただ、あの川口でも上で投げられるようになったので、望みは捨てるなといいたいところだ。
・昨日は3塁コーチが山森、1塁コーチが小川だったのだが今日は逆。3塁側から山森コーチを野次ろう応援しようと思っていた我々は少々がっくり。しかし小川コーチに昨日サインをいただいたこともありまっいいか。山森コーチはやはり1塁コーチしかできないのか???
・私が最初にナゴヤに来たのはいつかという話題となり、それが86年3月のオープン戦(対阪急)だと判明。なぜその日に名古屋にいたのかということについては、Zを含め数人で青春18きっぷを使って東京にOP戦を見に行き、その帰途で私だけが名古屋で降りたらしいことも判明。なお、東京ではZと後楽園でハム対ヤクルトを見ており、私が「この試合はハムのサヨナラ勝ちということは覚えているが、誰が打ったのか覚えてるか?」と聞くとZよりすかさず「沖の犠牲フライ」という答えが返ってきた。
・またZは名古屋に7年半も住んでおり、また山田監督ということもありドラネタ収集にも余念がない。今日は彦野が今キャンプでの若手選手の覇気のなさを大いに嘆いていたというネタを持っていた。
・中島の一発の際、大阪球場のファンファーレでも口ずさもうかとおもっていたら突然ナゴヤ球場のホームランのファンファーレが鳴り出した。その後はホームランのファンファーレ談義に花が咲き、広島球場のを口ずさむという展開に。
・ドラのベテラン神野が今日も3番DHで出場。ところが今日は自らの打席の前で盗塁失敗があるなど気合が空回り。最後の打席も「うぉっ」とうめき声を挙げながらの空振り三振で思わずこっちが笑ってしまった。
・途中から地元の野球ファンも話にのってきて、「阪急・オリックスと中日は良くトレードをしますよね」というネタになり、平井・山崎や島谷の名前が出たのはともかく、「そういえば加藤安雄コーチも阪急出身ですよね」という話が出たのには驚いてしまった。
結局試合は7−4で青波が勝った。中沢監督初勝利ということで、めでたい限りだ。
そして試合後は恒例の出待ち。昨日と同じレフト裏のサーパスバスのところに行ったが、昨日と違い門が閉められており、中に入れない状況である。また移動を控えているためか試合後の練習もなく皆そそくさと引き上げてくる。そんな中我々がバスの場所に着くと門越しに康雄さんがサインをしていた。Zはまたしても握手をしてもらう。はっきりいって奴は当分手を洗えないはずだ、新婚なのに。その後は何人かの選手はサインをしたものの長い時間というのは状況的に難しく、バスもとっとと出発してしまった。バスに向かって手を振ると、世界の山森コーチが我々に手を振り返したことは言うまでもないでしょう。
ノーコン洗平と風の影響で長時間試合も懸念されたが、最終的には3時間で終了し、出待ち時間も少なかったことから私は当日中に家に帰れる電車に乗ることができた。帰りも接続が良すぎて晩飯も買えない状況であったが、何とか豊橋で駅弁を買い、また適当に寝たりしながらのんびりと帰宅した。
翌日会社に行くと上司から「日に焼けてるね」と言われてしまった。そこそこ晴れていたとはいえあの天気で2試合見てそこまで言われてしまうとは。なるほど洗面所の鏡で顔を見るとなるほど若干赤黒くなっていた・・・。
(下は3/8試合後にいただいたサインで、左はブッシュマン(Zに言わせればコイサンマン)こと別府コーチ、右はいつも大声で元気なヨネマーこと米村コーチ)


2003年も阪急ブレーブスに戻る